『ギリシア悲劇全集 3』より
ソポクレース著 岡道男訳 岩波書店
その他併訳されている、『コローノスのオイディプース』 引地正俊訳 『アンティゴネ―』 柳沼重剛訳
さらに解説本、『「オイディプース王」を読む』 川島重成著 講談社学術文庫 も読んだ
五冊目はオイディプース王です。
有名なお話、どんな演出上の工夫をしているのかな?と思いながら読みました。
古典悲劇ものは若いころに読んだシェイクスピアの『リア王』くらい。しかもほとんど全く理解できなかったので、今回もどうなることかとびくびくしていたのですが、年齢をいたずらに重ねたのではないらしく、ちゃんとついていけました。「エディプス・コンプレックス」の語源ということで、予めストーリーが予想できているというのも大きいのでしょうね。そして解説に書かれていたのですが、これは上演されていた当時もだったようで、オイディプース王のもつ宿命、「父殺し」「母との姦通」というのは、観客も持っている前提、伝承だったとのこと。これらを含む「テーバイ伝説」というのは相当古くからあるようです。
今回は様々な解説も読むことができました。全集というのは、色んな人の意見が載っていて、どれも興味深いです。また、最初探しに行ったときは目当てのオイディプース王がなかったので、つい解説本を借りて帰ったことで、本格的な解説本も読むことができました。この本の洞察が鋭く、大局的で、しかも本文全体に渡って考察が網羅されていて、とても有難かったです。川島さんの、特にイオカステー考察については、それまでただぼんやりと縊死した人としか印象づけられていなかった人物を際立たせてくれて、そのために、コロスの立ち位置や神と人との対面、宿命における偶然と必然の交錯など、オイディプース王のもつ様々なコントラストがよりはっきりしました。オイディプースは悲劇だけれども、その後に続く『コローノスのオイディプース』が示しているように、単なる悲劇ではなく、その後の昇華作用が待っている。これが紀元前の発想かと思うと恐ろしいです。凄い!
全集での解説では、喜志哲雄さんの指摘:「テイレシアースは単純明快な事実を述べているにすぎないのに、オイディプースは台詞のこの次元を無視する。無視するという言い方は適当ではないかも知れないが、彼は台詞が語っていることよりも台詞の語り手の動機の方に注目する。そして、テイレシアースがこんなことを言うのは、王位を狙うクレオーンにそそのかされたせいであろうという趣旨のことを語る。こういう対話の組立て方はほとんどチェーホフを思わせる」に一考。チェーホフの登場人物のほとんど誰もが他人の意見、話に耳を傾けないことにはびっくりしていたので、戯曲ものはこういう展開にせざるを得ないのかなぁと思っていたのですが、どうもそれは作者の特徴のようですね^^;チェーホフ連発の「僕の気持ちを知ってくれたら・・・!」、「私の気持ちをわかってくれたら・・・!」。こちらはすべてを見通す観客の立場なので、彼らのこんな吐露を見守るのは本当にめまぐるしいです笑。でも実際、心のスピードって、これくらいか、もっとそれ以上に激しいかもしれない。
もう一つ、私がチェーホフみたいだなぁと思ったのは、作品初期の段階では作中人物が絶望に瀕して嘆き耐える、あるいは縊死するのに対し、後期では希望を見出す、あるいは生き続けて劇的に昇天するという作者の作品に対する変遷があること。ソポクレースは7作品中6人が縊死するようですが、初期作品では主人公が縊死していたのに対し、後記に属す『オイディプース王』ではイオカステーが縊死してもオイディプース自身は縊死しない。チェーホフは、かもめの頃はニーナが耐えるだけだったのが、桜の園やワーニャおじさんでは未来に対するきらきらとした希望の語りで締めくくられる。作者の製作時期によって変化する作品というのは両者に限らず様々にあると思いますが、いずれも大変興味深いです。
ギリシア悲劇というのは、一作だけ読んでも理解できない。それはやっぱり、神との対話を含むからでしょうか。最終的にアリストテレスによる哲学的な思考にもたえうるというのは、並大抵の文学ではない。そういえば『イリアス』ではべらべらしゃべっていた神々が、『オイディプース王』になるとこれだけ対比され、照会されているのに、予言者を通してあいまいにしか応えない。不気味な存在というか、神聖化がさらに進んだというか。。。不可視の存在になったことで人間本来が抱えている問題への思索が進むものなのかもしれない。『ギリシア・ローマ抒情詩選 花冠』でも、時代が古い墓碑詩などでは悲痛ながらもユーモラスにおおざっぱに語られていたことが、時代が変わると少しずつ生の微妙な味わいを帯びてきているような。。。この変化を表現するのは私には難しいですが、なんとなく、ギリシア文化というのは単に伝承、伝説、伝記にとどまらない、本当に芸術だったんだなぁと思いました。
ソポクレースによって、緻密に、綿密に、でも大胆に構成されているオイディプース王は、すぐにでももう一度読みたい作品でした^^
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